途中末尾切れ

昭和45年10月11日 夜の御理解



 若先生と、それから秋永先生と、高橋さんと三人で、小倉に二十日の御大祭と、それからお供えを持って、御参拝して頂ました。夕方帰ってみえられましたから、今日から大祭のご準備が始まったと言う時に、祭典日が雪、お供えが雪。もうよっぽど気分が良くて、まあ嬉しゅうあんなさっただろう、もう何時もにない、下に降りてからその御礼を末子先生が仰ったと。
 もう出て帰る時には表まで送ってみえて、親先生にどうぞよろしゅうと言う事だったと、こう言う事で御座いましたが。本当にもうあのその何故有り難いか、嬉しいかと言う事は、例えば桂先生の御信心、それはもう末子先生からも随分御霊様への御願いがあっとる事で御座いましょうけれども。
 今日からそのご準備が始まったというその日にですね、桂先生がもうお供えには菊正宗だけしかお供えをなさらなかったという、菊正宗ばかりを十本持って行きましたからね。それを二つに梱包しましてから、それを御霊様にお供えしてから長々と御礼を申されたと言う事で御座いますすが。
 そういう願っておる事が、そして今日からもう桂先生の働きが始まったと思われたことがね、そんなに今までかつてないお喜びを見せて下さったんじゃないかと思いますよね。まあこちらとしては本当に桂先生のおかげでそのこちらの面目も立ったという訳で御座いますが。恐らくまあ秋永先生がいっとりましたが。
  (以後テープが切れていました。)